写真館 セピア色の長町 第二展示室


 

セピア色の長町 第二展示室です。
第一展示室に続いて、ここでは広瀬川と長町小学校をご紹介します。どちらもかなり変化しています。
どうぞお楽しみください。


 写真館 セピア色の長町 展示内容ご案内 

第一展示室:長町一丁目、長町を走る市電、秋保電鉄長町駅、長町駅前
第二展示室:長町小学校、広瀬橋(1)、広瀬橋(2)、凍結した広瀬川
第三展示室:長町一丁目市電さよなら運転、長町自警団の記念撮影、広瀬橋の欄干



 長町小学校 (昭和36(1961)年) 

  

 昭和36(1961)年頃の長町小学校校舎と講堂です。後ろに見えるのは大年寺山です。
 雰囲気のある木造校舎は、現在では鉄筋コンクリートの校舎に建て替えられ、背後の大年寺山にはテレビの電波塔がつくられました。   (提供:長町小学校昭和36年卒業アルバム)



 広瀬橋(1) (明治39(1906)年) 

  

 明治39(1906)年の消防の出初式の様子です。右手に見える木造の橋が当時の広瀬橋で、その手前のコンクリート製橋脚は当時建設中(明治42(1909)年完成)だった日本初の鉄筋コンクリート橋である広瀬橋の新橋です。左手の家並みが長町で、奥に見えるのが大年寺山です。
 広瀬橋は伊達藩政時代の寛文8(1668)年に長(永)町橋として開通しました。その後、明治42(1909)年に日本初の鉄筋コンクリート橋として架け替えられた際に広瀬橋と改称されました。   (提供:たかはし靴店)



 広瀬橋(2) (昭和33(1958)年) 

  

 昭和33(1958)年当時の広瀬橋の仮橋です。広瀬橋では、明治42(1909)年に上記にもあるように日本初の鉄筋コンクリート橋が完成しましたが、その後に交通量の増加により現在のものに架け替えられたときの仮橋です。この仮橋は現橋よりもやや下流側に設けられました。この写真は河原町側より撮影したもので、奥が長町です。



 凍結した広瀬川 (昭和45(1970)年) 

  

 昭和45(1970)年の広瀬川です。以前、広瀬川は氷点下5度が1週間続くと完全凍結しました。凍った川の上は子供達にとってはスケートリンクです。昔、ここでスケートを覚えた方は多かったのではないでしょうか。近年は暖冬が続き、広瀬川が凍結することもなくなりました。   (提供:菊地重夫氏)