写真館 セピア色の長町 第一展示室
街は生きています。時代が変わり、人々の生活様式が変わっていくにつれて街も変わります。
ここでは、そんな長町の変化を眺めてみましょう。
懐かしい風景に出会えるかもしれません。また、いにしえの長町に新鮮な驚きを覚えるかもしれません。
現在の写真はすべてwebmasterが撮影したものです。
全く同じアングルでは撮れませんでしたが、なるべく同じアングルに近づけたつもりですので参考までに当時と比較してみてください。


写真館 セピア色の長町 展示内容ご案内 


第一展示室:長町一丁目、長町を走る市電、秋保電鉄長町駅、長町駅前
第二展示室:長町小学校、広瀬橋(1)、広瀬橋(2)、凍結した広瀬川
第三展示室:長町一丁目市電さよなら運転、長町自警団の記念撮影、広瀬橋の欄干
長町一丁目 (昭和28(1953)年) 

昭和28(1953)年の長町一丁目です。向かい側に青物市場があり、農家の人などで賑わっていました。左手の店舗は現在の守屋商店です。いまでは青物市場も卸町に移転し、フラワー通りという商店街になりました。 (提供:河北新報社)
長町三丁目を走る市電 (昭和30(1955)年) 

昭和30(1955)年の長町三丁目の風景です。左手には懐かしい「蛸屋老舗」の看板が見えます。蛸屋老舗は現在の長町三丁目郵便局の入っているビルです。
市電はその後昭和51(1976)年3月に過去帳入りし、現在では市営地下鉄南北線がこの道路(国道4号線)の地下を走っています。 (提供:たかはし靴店)
秋保電鉄長町駅 (昭和36(1961)年) 

昭和36(1961)年、廃止の年の秋保電鉄長町駅です。左手の屋根と柱だけの建物がホームで、中央の建物が駅舎でした。ホームを出た電車は手前の線路を通って駅を出発していました。奥の鉄塔あたりが国道4号線です。廃止後は宮城交通のバスターミナルになり、現在は高層マンションと公共施設「たいはっくる」に生まれ変わりました。 (提供:河北新報社)
長町駅前 (昭和8(1933)年) 

昭和8(1933)年10月の長町駅前です。左手手前が長町駅、左端の木造店舗が現在の「ふじや会館」(現在の写真撮影時は改築中)で、当時は店先で焼き芋などを売っていたそうです。その右隣が現在のNTTです。このあたりの風景も秋保電鉄や市電の廃止、高層マンション(たいはっくる)の誕生によってすっかり様変わりしてしまいました。 (提供:熊谷幸夫氏)
第二展示室へ