歴史散歩 ぶらり長町




ポイントの後の記号(例:C−1)は地図のグリッド番号に対応しています。





第9ポイント(C−1) 茂ヶ崎城跡(もがさきじょうあと)
大年寺が造営されるずっと以前、粟野重直が康永2年(1343年)この地に居城を築いた。長町小の校歌にも「茂ヶ崎の城は跡なくなりぬるを」と歌われている。


第10ポイント(C−2) 福聚院の穴薬師(ふくじゅいんのあなやくし)
三百年も前に古寺の大木の根元から見つかった薬師様が祀られている。もともと大年寺の分院にあったが、そこが廃寺となり、大正6年にここに移された。


第11ポイント(C−2) 大年寺惣門(だいねんじそうもん)
大年寺は伊達家の菩提寺として手厚い保護を受けた。殿様がこの惣門から偶然ゆりあげ浜を見たことで、ゆりの漢字「閖」を授けたことは有名。


第12ポイント(D−2) 東街道(あずまかいどう)
奥州街道ができる以前の、中世の国道4号線にあたる東街道が大年寺山のふもとを走っていた。坂上田村麻呂や源義経、弁慶など皆ここを通ったものと思われる。


第13ポイント(E−1) 鏡ヶ池跡(かがみがいけあと)
昔ここに三角形の池があった。将軍坂上田村麻呂と結ばれた悪玉姫が、息子の千熊麻呂を連れて都に向かう途中、この池のほとりで休息し、池に顔を映して化粧を直したので鏡ヶ池と名が付いたという伝説がある。


第14ポイント(E−1) 根岸の辻標
根岸は気候が温暖で、百代の里とも呼ばれた。以前この辺りは一面のお茶畑であったが、国道286号線ができて一変した。ここに仙台市制88周年記念の88基の辻標のうちの1基が建てられている。


第15ポイント(E−1) 宮沢の渡し
橋が架けられる前は渡し舟で、最初の渡し守だった林藤助は山形藩の隠密だったという。明治15年簡単な板の橋が架けられ、有料だったが、昭和13年仙台市に寄付され無料となった。


第16ポイント(E−1) 県下一のヌマスギ
以前ここに宮城農学校の校舎があり、このヌマスギは玄関のそばに植えられていた。正式には落羽松(らくうしょう)といい、教材としてアメリカから輸入された。ヌマスギとしては県下一の高さといわれている。


第17ポイント(E−1) 旧宮農正門跡
現在の県総合運動場、県武道館、仙台南高校の広大な敷地に、以前宮城農学校があった。宮城農学校の遺構は殆ど残っておらず、わずかにこの正門の石柱など残すのみである。


第18ポイント(E−2) 郡山堀
江戸末期のこの地方の郡正(村長)だった小倉三五郎が、郡山地区の農民のため開削した農業用水路である。昭和3年暗渠となった。木流堀と立体交差しているのがおもしろい。


第19ポイント(F−2) 門前道入り口(もんぜんみち)と枡形道路(ますがた)
大年寺にお参りする門前道の入り口である。ここは道路がなくなっているが、枡形といい、軍事上の要所としてわざと道路が曲げてつくられたなごりである。道路工事で長い間移設されていた2基の道標が住民運動により平成9年に里帰りした。


第20ポイント(F−2) 青物市場跡
現在建っている大きなマンションの敷地は昭和38年まで青物市場だった。手狭になって卸町に移ったが、長町は農産品の一大集散地だった。生鮮のまちとして物価も安く、長町商店街の賑わいは大変なものだった。


第21ポイント(E−2) 普門寺跡(ふもんじあと)
普門寺は江戸時代の寺子屋で、長町小は明治6年ここで開校。寺子屋時代の岡部先生の教え子たちが建てた記念碑(吊魂碑)が第1ポイントの蛸薬師の中にある。


第22ポイント(E−3) 代官所跡
明治22年まで長町は根岸村(北半分)、平岡村(南半分)の2村からなり、藩政時代、その境(現在読売新聞販売所)に代官所が置かれていた。近くを郡山堀が流れ、ここにかかっていた橋は村境にあったことで中橋と呼ばれた。


第23ポイント(E−3) 笹谷街道入口
仙台から笹谷峠を通って山形へ抜ける笹谷街道の起点である。折れて短くなった笹谷道(ささやみち)の道標が建っている。当時の西多賀村や生出村、秋保村までの里程が刻んである。


第24ポイント(E−3) 秋保電鉄跡
再開発ビル「たいはっくる」が建つ前は宮城交通のバスターミナルだったが、昭和36年までここに長町と秋保温泉をつなぐ秋保電鉄の始発駅があった。電車といえば、長町駅前が終点だった仙台市電も昭和51年に廃止された。


第25ポイント(C−4) 金岡古墳(かなおかこふん)
現在ザ・モール長町の駐車場脇に八幡神社が祀られているが、ここは古墳である。以前あった東北特殊鋼の敷地内であり、特殊鋼の鋼の字をとって金岡古墳と名付けられた。


第26ポイント(D−3) 長町小学校前辻標
長町小は第21ポイントの普門寺で開校、その後現在の七十七銀行長町支店の右向かいあたりに移転し、大正12年に現在地となった。昔から県下で有数のマンモス校だった。市制88周年を記念し、第14ポイントの根岸の辻標とともに長町・笹谷街道の辻標が建てられた。


第27ポイント(C−1) 大年寺・伊達家の墓
大年寺は第4代仙台藩主伊達綱村により造営され、以後歴代藩主の霊廟の菩提寺となった。墓所は無尽灯霊屋(東廟)と宝華林霊屋(西廟)から成る。


第28ポイント(B−1) 野草園
市民の憩いの場として昭和29年開園。広大な敷地に豊富な植物が咲き乱れ、四季を通じて楽しめる。季節毎の行事が開催され、特に秋の「萩まつり」が有名。入り口前の広場にある姥杉(うばすぎ)は馬場杉とも呼ばれ、樹齢約500年の名木である。


第29ポイント(F−2) 広瀬橋
初めて橋が架けられたのは寛文8年(1668年)。江戸時代は永町橋と呼ばれ、その後何度か流された。(悲しい人柱伝説については第2ポイント参照)明治42年(1907年)日本で最初のコンクリート橋となり、広瀬橋と命名された。


第30ポイント(B−2) 鹿除土手(しかよけどて)
大年寺が建立されてから狩猟が禁じられ、鹿や猪から農作物を守るため、大年寺山と佐保山の間に鹿除土手が築かれた。鹿野には今も当時の杉土手が残っている。