歴史散歩 ぶらり長町 ポイント6:鎧淵
広瀬川に古戦場跡があることを皆さんご存知ですか?きっと初耳の人も多いことでしょう。
根岸と河原町を結ぶ宮沢橋の下流、武道館側あたりの河原一帯を鎧淵といって、現在は堤防沿いに遊歩道になっていますが、ここは中世の古戦場跡です。
今から800年も前、源頼朝の鎌倉軍は、平泉の藤原泰衡を攻め滅ぼすため大軍で東(あずま)街道を北上し、この鎧淵で戦いが行われました。平泉側は鞭舘(むちたてー現在の榴岡)に本陣を敷き、広瀬川を前線として鎌倉軍を迎え撃ちました。このとき長町の住民もかり出され、鎧淵に乱杭を打ち、川底には大網を張り巡らして防塁を築き、鎌倉軍の渡河に備えたとのことです。
戦いは激戦で、平泉側の前線の指揮者、大河太郎兼任(おおかわのたろうかねとう)も小栗重氏の矢に当たり戦死しています。鎧淵という名もきっとこの史実から名付けられたのでしょう。
近くに兜塚(第3ポイント)がありますが、その名の由来のひとつに、兼任の首を敵に渡すまいと家来たちが兜のまま埋めたためという説が残っています。奥州藤原氏の滅亡と運命を共にした源義経や弁慶も或いはこの鎧淵を渡ったのかもしれません。
今は護岸工事によって往時の面影は全て失われましたが、昭和時代ここに貸ボートが営業しており、夏に利用した人も多いと思います。心地よい広瀬川の涼風にあたりながら遊歩道をそぞろ歩き、つわものどもが夢の跡を偲んでみましょう。