歴史散歩 ぶらり長町 ポイント24:秋保電鉄跡 



 皆さん、昔、秋保電鉄という電車が長町を走っていたことをご存知ですか。年輩の仙台の人なら皆なつかしさを感じると思いますが、仙台市電は知っているけど秋保電鉄なんて聞いたこともない、という世代も多くなってきました。40年も昔にタイムスリップして昭和36年までさかのぼると、長町を始発駅としてその名の通り秋保までの16キロメートルを結ぶ口ーカル線、秋保電鉄が田んぼの中をのどかに走っていたのです。

 現在の長町駅前の高層ビル「たいはっくる」の建っている敷地に、長町駅の駅舎がありました。今もたいはっくるの裏の、区役所方面に向かう斜めの道路は、秋保電鉄の軌道跡です。注意して見回すと、以前の枕木が脇の柵に使われていたりします。秋保温泉までの沿線には、今もたくさんの軌道跡やトンネルが残っていて、そのルートを偲ぶことができます。

 秋保電鉄は、当初建築石材として優秀な秋保石の運搬目的で大正2年に馬車鉄道で開業、大正14年に電気鉄道となります。長町と秋保温泉までの間に西多賀、鈎取、月ヶ丘、旗立、太白山、萩の台、茂庭、北赤石、磊々峡の9駅がありました。片道約50分のマッチ箱のような車両は、沿線の皆に愛され、人情話には事欠かない口ーカル線でした。

 やがて秋保石はコンクリートに取って代わられ、秋保電車もバスに押され、時代の波には勝てず、昭和36年に廃線となります。無公害の電車の復権が見直されている昨今、秋保電鉄の復活を望む声も数多くあります。単なるノスタルジアは別として、仙台の東西線交通軸構想に秋保電車線を考慮することは、或いは夢物語ではないのかもしれませんね。


文・内田貴和(長町歴史の会)
絵・佐藤征子(長町まざらいん)

 

秋保電鉄跡のいま (Text by 怠慢チーフ)


 JR長町駅前に聳え立つたいはっくる。その裏手に広がる密集した住宅街の中を一本の砂利道が貫いています。この砂利道こそが秋保電鉄の路線跡です。現在では宮城交通が管理する月極め駐車場になっていますが地下鉄長町駅がたいはっくるにあり、また図書館等の公共施設へのアクセスが便利であるため日中は人や自転車の通行が絶えることはありません。(民有地の駐車場ですから本当は通り抜けは禁止なのでしょうが・・・) この駐車場はたいはっくる裏から長町駅前通りのファミリーレストランココスまで繋がっています。
 その後秋保電鉄は現在の長町駅前通りを西進して、太白区役所の前を通って西多賀の方に向かっていました。現在の西多賀生協そばの半田屋前に西多賀(富沢)駅があったそうです。
 



 線路跡をずっと辿ってゆくと太白団地に入ります。この写真は一見なんの変哲もない道路ですが、奥の道路は一般車両が走る公道ですが、バスが走っている手前の道が宮城交通の専用道路で、この道がかつて秋保電鉄が走っていた線路跡です。太白団地の一番奥にはかつてのトンネルも残されています。

 話は長町に戻りますが、かつて秋保電鉄の長町駅があった場所は廃線後に宮城交通のバスターミナルとなり、現在では高層マンションに生まれ変わっています。セピア色の長町コーナーにかつての秋保電鉄の長町駅の写真がありますのでこちらもご覧ください。

 秋保電鉄跡については、廃線跡の探訪記が多くのホームページで公開されています。廃止から40年以上が経過していることもあり、その痕跡は徐々に町から消えてしまいました。しかし、上記のようにまだわずかながらも秋保電鉄の在りし日の姿を想像できる場所が残っています。皆さんも是非探してみてください。