歴史散歩 ぶらり長町 ポイント20:長町青果市場跡 



 長町は昔から仙台でも物価の安いまちとして知られ、八幡町や原町など市内各地からわざわざ買い物にくる客もあり、商店街の賑わいは大変なものでした。それは、現在卸町の広大な敷地にある青果物中央卸売市場が以前は長町にあり、長町には生鮮食晶の商店が表通りに裏通りに軒を並べていたことにルーツがあります。

 広瀬橋から100メートルほど来た長町一丁目商店街西側に、10階建ての大きなパシフィックマンション広瀬橋(一階がスーパー・サンライフ)がありますが、この敷地が長町青果市場跡です。長町青果市場は明冶25年に設置されました。もともと河原町にも青果市場があったのですが、東北本線長町駅の開設(明冶29年)や仙台市電の長町までの延伸(昭和11年)もあり、後発の長町市場の方が仙南地方の農作物の一大集散地として発展していきます。市場の周辺には朝早くから近在の農家の人がリヤカーや運搬車、オート三輪などで生産物を持ち寄り、市場では威勢の良いセリの声が飛び交ったのです。遠くは亘理郡や刈田郡からも毎朝集荷されました。生産者はその売上金で農業に必要な品や生活用品を長町で購入していきました。

 長町には農学校があり、商店街には八百屋、果物屋、種苗店、肥料店、竹の籠屋などが軒を連ね、長町は活気あふれる「仙台の台所」として栄えていきます。やがて市場は手狭になり、昭和38年に宮城野原、そして昭和48年に現在の卸町へと移転していきますが、その後も長町は自他ともに認める生鮮食品のまちとして生き続けます。トーコー、まるしん、アイハラの3スーパーがあった時代、タ方には人に触れずに買い物ができないほど賑わっていた長町。時代の流れとともに郊外の大型店へと人は移っていき、現在の長町は往時の青果物商店の数も人通りも昔と比べようもありませんが、素朴な庶民的人情は今も変わらない気がします。まちの活性化がテーマとなって久しいですが、そうした文化のある長町がこれからどう変わっていくのか、今後が楽しみです。


文・内田貴和(長町歴史の会)

 

長町青果市場のいま


 正面の茶色い大きなマンションがパシフィックマンション広瀬橋で、右側にフラワー通りの入り口ゲートが見えます。このあたりにかつて長町青果市場がありました。今や面影は全くといっていいほどありません。
 ポイント19の枡形道路、ポイント8の十八夜観世音堂は向かって右側にあります。