歴史散歩 ぶらり長町 ポイント12:東街道
昔の奥州街道は江戸時代に整備された都(江戸)とみちのくをつなぐ主街道で、現在の国道4号線とだいたい一致しますが、それ以前の古代からの街道としては都(やまと)とみちのくを結ぶ東街道が存在しました。
仙台周辺の東街道にはいくつか経路があり、鉤取、西多賀、砂押町、鹿野から門前町、根岸町を通り、宮沢渡しから河原町、木ノ下へ抜けるルート、また根岸町から越路、鹿落坂、霊屋橋南の浅瀬を渡り米ケ袋、五橋、連坊を経て宮城野原へと抜けるルートがあったようです。
さて、わが長町周辺における東街道は、門前町から根岸町にかけて現在の国道286号線の一本南側を走る市道として今に残っています。今では民家が建ち並び、道幅も狭く、これが昔の幹線道路?といぶかる人もいるかもしれませんが、れっきとした由緒ある街道です。その昔、坂上田村麻呂や源義経と弁慶、平泉追討の源頼朝の鎌倉軍勢などがここを通ったと聞けば、たちまちにしてこの辺りは歴史の里のにおいがしてきます。事実近辺には既にこのぶらり長町で紹介済みの田村麻呂にまつわる鏡ヶ池や源頼朝鎌倉軍の古戦場鎧淵(よろいぶち)、兜塚など中世の歴史スポットが点在し、歴史ロマンを感じさせます。車の通りも少なく、普段何の変哲もないようなこの狭い市道は、実はすごい歴史街道なのだと私はひそかに誇りに思っています。
聖ウルスラ小学校のある木ノ下周辺に東街道があり、この間まで「東街道」というバス停がありましたが、いつの間にか「木ノ下一丁目」と名称が変更されてしまいました。古い由緒ある地名は町の文化であり、無形遺産です。形あるものは朽ちて失くなっても、無形遺産は人の意思で永く残すことが可能だと思います。その意味でもちょっと残念な気持ちがするのは私だけでしょうか。
文・内田貴和(長町歴史の会)、絵・阿部重憲(長町3丁目)
東街道を訪ねて

宮沢橋西詰の交差点です。正面のオートバックス左側の道が旧東街道です。まっすぐ進むと兜塚古墳や武道館、仙台南高校方面ですが、東街道はすぐに右折します。

東街道の現在です。本文にもありますが、こうしてみると何の変哲もない生活道路に見えます。左側の白い建物が警察官舎で、正面に根岸保育所が見えます。

若林区木ノ下の市営バス木ノ下一丁目停留所です。聖ウルスラ小学校前にあります。このバス停の近くにイラストの東街道道標が設置してあります。