まちはいま


 

 めまぐるしく変わる長町。これからいったいどのような方向へ歩んで行くのでしょうか?
ここでは、現在の長町の姿をいくつかの視点から見つめ直してみたいと思います。




 土地・地形から 

 阪神・淡路大震災で活断層という言葉を良く耳にしましたが、活断層とは何でしょうか? 活断層とは「最近数十万年間に、概ね千年から数万年の周期で繰り返し活動し、将来も活 動しては地震を起こす可能性の高い断層」をいいます。

 長町にも活断層のひとつである長町−利府活断層と呼ばれるものが走っています。ちょう ど、この長町の商店街からみて西側、国道286号に沿うように平野と丘陵地の境が南西 方向に続いていますが、この急な傾斜は活断層によるものです。

 活断層の活動の周期が概ね千年から数万年と、とても長いため、いつ起こるのかとても判 断できないというのが現状です。私たち長町に住む住民としては、いつ起こるのかわから ない地震を心配するより、いつ起きてもいいように普段から地震への備えを怠らないよう にすることが重要ではないでしょうか。




 もしものとき、災害の視点から 

 それでは、長町に走っている活断層で地震が起きたらいったいどのような被害が起こるの でしょうか?

 同じ活断層による地震が起きた阪神・淡路大震災を参考にみてみましょう。
 建物や電柱の倒壊は、通行の障害となり、避難や消火活動などに支障をきたしました。
 公園は、緊急時の避難場所、救助・復旧時の拠点、また、仮設住宅用地など多目的に利用 されました。

  


 これを長町に置き換えてみると、木造建物と狭い道路が多い長町では、建物の倒壊で狭 い道路はふさがれ、避難場所に避難できない可能性が高いことがわかります。お年寄りや 障害を持った方などはとくに大変です。また、人が多く住むわりに避難場所など多目的に 利用される公園・広場が不足しています。

 道路が狭いため、緊急車両の通行も困難です。また、両側にみられるブロック塀が倒壊す る危険が大きいですね。

 道路交差部分の段差。車はもちろんのこと自転車や歩行者にとっても障害です。

  


  まちの歴史 

〜過去の面影を探して 短冊状敷地〜
 現在の長町商店街が続く町並みの骨格ができあがったのは、江戸時代まで遡ります。奥州 街道(現在の国道4号)の宿場町としての町割りがなされ、以後、国道4号の両側にそっ て間口が狭く奥行きの長い、俗に「ウナギの寝床」と呼ばれる敷地形状が形成されました。 建物はずいぶん変わりましたが、現在でも江戸時代から続くこの敷地形状が色濃く残って います。


マンション屋上から見た長町の様子


○この長細い、敷地形状は現在の長町では主に、下左図の4つの利用形態にわかれます。
現在大部分が駐車場として活用されている敷地(長町一丁目)。短冊状の敷地形状がよくわ かります。

  


・トピックス
〜埼玉県上尾市愛宕地区〜
 愛宕地区は長町と同様、かつては中山道の宿場町として栄え、道路沿いの商店街と住宅地 が調和した住みよいまちです。しかし、道路不足や建物の密集、高層マンション建設によ る日影被害など住まいを取りまく環境が悪化し、建物の老朽化も加わって人口減少と高齢 化が進んでいました。

 こうした状況に対し、地区住民と行政が一体となり、みんなが住み続けられるまちづくり を目標とした取り組みが進んでいます。その取り組みをいくつか紹介します。

・住みよい環境づくりのためのルールづくり

 地区計画という制度を使い、地域住民自身が道路や公園の配置や建てられる建物の用途や 大きさのなどのルールを決めました。

・住み続けるために…
 話し合いの中から、この地区でよりよい環境のもと末永く住み続けたいが、個々の理由か ら建物の建て替えもままならず、年々生活環境が悪化する中、あきらめている住民が多く いることがわかりました。個人ではあきらめていたことも同じ悩みを持つ住民が何人か集 まり、行政や専門家の支援を受けながら、共同で建物を建て替えることで住み続けられる 環境を手に入れました。

 間口が狭く奥行きの長い敷地を2、3集め、お互いの土地を提供し合い、その上に共同で 建物を建設しました。