★子育て★連載コラム

第70回 最終回に寄せて

                                                坂総合病院 渡辺 瑞香子

 

 混迷−小児科医療

 6年前に小児科医療の将来を憂えて書いたこと、着々と現実になっていると感じる日々です。先日日本小児科学会総会が行われました。今、学会の理事たちが何を話し合っているか、ご存知でしょうか。それは小児医療センター構想です。14人の小児科体制で50床規模として、二次救急とNICU機能をモデルと考えているのだそうです。その構想の主旨は乳幼児あるいは小児死亡率の低下ということになっています。乳児死亡率は欧米より低いけれど、1−4歳の幼児死亡率の高さが問題であるため、高度な医療を提供できる「地域小児医療センター」に搬送されるべきだというのです。

 一般の方が何気なく聞かれれば、優れた構想に聞こえるでしょうね。ただ、理念通りに機能するためには、医療機関同士の連携ということが、絶対的な条件になりましょう。小児科医不足で、現在宮城県内でも、産婦人科と同様に小児科の集約化が進んでいます。県北では複数の小児科指導医が確保できないために、入院医療をやめた病院があります。仙台市内にしても、小児科医が1〜2名の病院からは、小児科が消えていくことになるでしょう。構想に入っていない病院では、開業などで退職者が出た後は補充をしない形で縮小していきます。現在地域のセンター的な病院の機能をしているのは、6ヶ所程度でしょうか。

 もしも現状のまま学会のセンター構想が実行された時、14人の医師体制でNICUを持つとすれば、更に集約を進めて3ヶ所程度になるのでしょうか。しかも、1ヶ所は県北として、残りは県南も引き受ける形で仙台圏に置かれるように思います。その上、一般小児科を担う開業医とセンターをつなぐ、中小病院の小児科は消滅するかも知れません。学会ではセンターへの車での移動時間を約1時間と見ているのです。新生児の搬送は、すでに県外へも行われているのが実情です。けれども1−4歳までの幼児の死亡原因で最多なのは不慮の事故です。医療機関に運ばれてくる時は、瀕死の状態であることが多いのです。現場からセンターに搬送するのに1時間もかかっても、本当に救命率は上がるのでしょうか?

 構想は机上の空論に思えます。溺水、交通外傷、切迫死などの緊急性の高い小児は地域の中小病院に搬入されて、初期の救命処置を行った後、上位の医療機関に転送されることも多いのです。新生児は状態により、NICUの医師が専用車で迎えに来てくれますが、地域の病院小児科が無くなったら、現実的に重症小児の搬送はドクターヘリの往復に頼ることになるでしょう。重症では無いけれど、点滴や抗生剤などで数日入院が必要な小児の受け皿にセンターはなるのでしょうか。入院できても、自宅から遠く離れていては、家族の負担は大変です。小児の高度医療は人手もかかり、採算性が悪いのですが、その経済的な負担はどこが担うのでしょうか。小児科医の養成機関も限られ、指導内容が片寄りそうです。今年の診療報酬改定により、病院小児科の差別化は始まったと見ています。小児科医を増やして医療費の抑制を止めさせるのが先決。集約化のみに走るのは自滅への道です。


 医療の未来が描けない

 最近、医療崩壊を取り上げる報道が多くなりました。「医師数は不足しており、病院からの引き上げ、退職などで診療がままならなくなっている。医療訴訟の過酷さから、産婦人科医など、減少が著しい」などです。救急病院のたらい回しも、医師不足や診療縮小と無関係ではないのです。私の勤務する小児科でも、新規に基礎疾患など問題を抱えた患者さんが増える傾向にあります。これは、周辺の病院小児科が縮小しているためと考えられます。小児科が縮小すると、産科も引き揚げるので、当院産科での分娩数も増加しているようです。臨床研修義務化に医師偏在の原因を求める向きもあります。元々医師数が足りないのに、自由選択にすれば、当然そうなるでしょう。原因と結果が反対というものです。

 しかし、実際の診療の場にいると、果たして患者さんたちが、医療者側と同じ視点で医療問題を理解されているか、私には分かりません。5〜6年前から、患者さんと医療者間の人間関係がギクシャクすることがままあるからです。自分の言動にはかなり気をつけているつもりなのですが、時に理解を超える対応を受けます。支払いのことで誤解があるのではないか、と気づくことがありました。医師が、そのまま報酬を受けとっているのだと。実際は、健康保険からと合わせて病院の収入で、諸経費などを引いて、職員の給与や設備への費用になり、利益はそんなに出ないのです。決算が赤字で、医師が尻をたたかれている、とは一般の方には想像できないのではないでしょうか。

 どうして、こんなに溝ができてしまったのでしょう。保険制度を含めて、医療費の負担の増加が急速に進んだことも一因かもしれません。例えば健保本人の負担は、平成9年に2割、平成15年に3割と増えました。国保税は収入に対して高額になり、払えない人が急増しても、保護されていません。平成6年の食事療養制度の導入は質的な転換と思っています。食事も含めて治療なのに。平成18年からは食費が一食毎の請求となり、現場ではさらに混乱。保健で賄われていた分の一部が自己負担となった訳ですが、患者さんの側では病院が値上げしたと感じるようです。食事が口に合わないと、角が立つこともあります。

 長く医師が権威主義的だったことや、タレントと見紛うような医師がいることも影響しているのか、風当たりは強い。医師の収入が多いように言われますが、大企業の生涯賃金の方が多いようです。責任も重く、長時間労働で、知識や技術も求められます。日本の医療政策とは、結局予算の総量規制だけだったと気づきます。地域や診療科の偏在を言うならば、少なくとも国公立の医学部に対して、目標と計画を示して、具体化するべきでしょう。女性医師を活用したければ、医師数はもっと増やさなければ、産休の保障もままならないのです。実は医学部を志望するところから、構想が始まるはずです。厳しい課題を示しても、なお志を持ち続ける人材が必要なのです。経済的な理由で断念しないように、支援もしなければなりません。そんな動きは気配も無いですが。このままでは、日本の医療は特別な人だけに提供されるものになりかねません。


 美しき国への第一歩

 ドラマ「ハゲタカ」のワン・シーンで、大森南朋さんが演じる鷲津が記者に問いかけます。「金を儲けるのは悪いことですか?」敢えて申し上げましょう。「悪いことです。」なぜならそれは人の命を奪うことだからです。ただ自分の欲のためだけに、多額の金に執着するならば極悪人でしょう。だからこそ、そのお金をどう使うのかが問われるのではないですか?バブルの頃に多額のお金を手にした日本企業のしたことを思い出します。常識はずれの金額でゴッホの絵を落札し(最近贋作と判明)、ロックフェラーセンターを買収して米国民の反感を買ったこともありましたね。竹下政権下の「ふるさと創生事業」一億円は、典型的「ハコモノ」「バラマキ」でした。上に立つ者は、身を持って規範を示すものと思っていましたが、それでは、国民にいい影響を与えられるはずがありません。

 「金が正義」の世界とはどういうものになるのでしょうか。今、はっきりとその恐ろしさが示されているように思います。「食物とエネルギーを制するもの」が世界を支配するのです。原油と穀物の異常な高騰は需給のバランスが崩れているからではありません。ダブついたお金が投機に回っていると聞きます。国によっては、その民が日々の糧を得るのもままならぬ事態になっています。普段どおりに暮らしていただけなのに、です。そう、飢餓もまた人為的に作られることがあるのです。たまたま、日本はまだお金があるから、ひどい目にあっていないだけだと、そろそろ気づかなければなりません。

 格差社会と言われています。問題は、這い上がる機会が与えられていないことだと、多くの人が言う通りです。転落する理由ならいくらでもあるのに。努力が報われない社会は行き詰まり、恨み・憎しみの鬼が棲みつくのです。少子化が続いて困るのは、税収が減って、年金・福祉も含む国の基盤が不安定になるという論点なのでしょう。では子どもの数さえ増えれば、解決すると、国を治める方々は本気で思っておられるのでしょうか。私は、根拠の無い楽観論と断言します。子どもは生まれていますよ、それも経済的に恵まれない層ほど多いかもしれません。飛び込み出産も増えています。費用を払わない方も残念ながらいます。規定の入院日数を短縮して退院する場合、多くは経済的な理由のようです。資格証明書のみの子どもの治療は悩ましい限りです。

 そうやって生まれてきた子どもは、多くの場合、高校の卒業もままなりません。今の日本では、それで経済的に安定するのは至難です。精神論では解決しません。そもそもそういう子どもたちは親に守られているとは言えません。貧困は世代を超えて連鎖します。消費税でしぼれるだけしぼろうという魂胆かもしれませんが、百年先、せめて三十年先を見据えなくていいのですか?生まれた子どもをきちんと育てることは社会全体の義務です。自立した大人に育つように、教育に投資し、職を得ることに国として取り組まなければ、日本は崩壊します。お金は天下に回すもの。道路を作っても恩恵を受けるのは一部の人でしょう。そんなの死に金です。「ハゲタカ」は企業再建とともに魂の再生がテーマのドラマです。もはや、日本が何を失って、何をしなければならないのかを考えなければ遅いのです。


 

編集部より 坂総合病院の渡辺瑞香子先生の子育て連載コラムは今回をもって終了となります。6年間、70回にもわたる長期連載をボランティアでお引き受けくださった渡辺先生には長町まざらいん一同、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
子育てコラムは一時お休みし、新たな執筆者をお迎えして再開する予定です。