★子育て★連載コラム

第69回 命のデフレ2

                                                坂総合病院 渡辺 瑞香子

 

 愛情の表現

 生れて間もない赤ちゃんにおっぱいをあげるお母さんの顔は神々しい、陣痛・出産の試練を乗り越えた後で子どもを抱き上げるお母さんは美しい、絵画の聖母像の様に。母親としての心構えがまだ十分でなくて、不安気なお母さんは時々見かけます。若すぎて(幼すぎて) 愛情が表現できないお母さんも時々見かけます。でも、わが子に乳を含ませながら、深く暗い目をするお母さんも存在することに気づいて、心が凍りそうでした。それは怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのか―読めないほどの闇なのです。そういえば似たような目をした子がいましたっけ。口を一文字に結んで、手をぎゅっと握りしめて、眉間にかげりをたたえて。病気のために受診していながら、お母さんは邪険な空気を漂わせており、「オマエノセイデジンセイガクルッタ」って心の声が聞こえたような気がしました。


 飛び込み出産を突き詰めると・・・

 最近「飛び込み出産」が目立つようになって、健診を受けない理由のひとつとして、費用が払えないことを挙げました。でも、もっと突き詰めれば、中絶するのにも十万円程度はかかるので、迷った挙句の消極的選択という場合もあるようです。「避妊しなさい」と口で言うのは簡単ですが、女性が主体性を持てるのはピルしかありません。月数千円かかり、注意深く服用する必要があります。「飛び込み」を防ぐために、健診費用を援助してはどうかという提案がされているようです。賛成ですが、そこに追い込まれるお母さんたちには、出産後も援助が必要です。その懐の深さがこの国にあるのでしょうか。


 生活保護を受けるために

 生活保護を受けるために、形だけの離婚をする人がいることには薄々気づいていました。「母子家庭の方が援助を受けられる」と公言する人をついに見かけました。「けしからん」と思いますか?確かにその財源は税金ですから。その背景には最低賃金が生活保護費を下回っているという日本の現実があります。若者ばかりではなく、中高年でリストラにあい、非正規雇用者として働いている方も少なくないのです。食べるのがやっとで、健康保険料も払えず、病気をしたら収入も途絶えて一巻の終わり。生活保護は一定の収入以下で資産が無ければ受けられることになっていますが、恐らくそう簡単ではないのでしょう。


 子育てと社会

 お金が無くて、人とのつながりも希薄で、過酷な人生を送ってくると、人間らしい情もわかなくなるのでしょう。子育てに問題があって、指導をしたとしても、その状態に陥った人にはまず通じません。生活を保障して、夫婦の関係も落ち着いて、ようやく聞く耳も出てくるというものです。ドラマの決め台詞ではないけれど、「同情するなら金をくれ」です。生まれながらの鬼はなく、作り出すのは社会の問題。出生率の低下を嘆くなら、このようにして世に生まれてくる子たちをどうするかを考える時でしょう。なお自助努力とうそぶきますか。この国にスラムができて、ストリートチルドレンがあふれたとしても。