★子育て★連載コラム

第68回 命のデフレ
坂総合病院 渡辺 瑞香子
生まれた時に誰もがWelcome
中島みゆきさんの「誕生」の中で、生まれた時に誰もがWelcomeって言われたはず、と歌われています。子どもは祝福されて生まれて来て欲しいと思っていますが、病院に勤務していると、時々それが信じられなくなります。先日、妊婦さんを乗せた救急車がたらい回しにあって、子どもが死産になった事件が報道されていました。直後、受け入れを断った病院を非難する意見が目立ちました。お子さんを亡くしたご家族はお気の毒ですが、これは医師の怠慢が原因ではないことは医療関係者ならわかります。十分準備された状態で高次の医療機関でようやく救うことが可能な週数の赤ちゃんでしたが、健診を受けていなかったために、情報が不足していて、事態が悪化したのです。
危険な飛び込み出産
通称「飛び込み出産(分娩)」とは、妊婦健診を受けず、妊娠週数や赤ちゃんの状態も、お母さんのリスクも何もわからないまま、突然陣痛で受診される方の出産のことです。薬局で、妊娠を判定する試薬が簡単に購入できるので、自分で妊娠の判断はできます。しかし、最終月経は必ずしもあてにならないので、短い時間で超音波検査から赤ちゃんの体重を推定し、妊娠何週程度か判断しなければなりません。胎盤や羊水の状態なども見なければなりません。お母さんの感染症なども検査しつつ、結果が出揃わないうちに分娩は進行します。ほぼ満期で、お母さんの健康状態も良く、破水などの問題が無ければ幸運と言えます。
医療人が全力を尽くしても・・・
産科は労働過重で心理的負担も多い科です。「飛び込み」が夜間・休日の人手が少ない時間に発生し、早産の可能性が高かったり、中毒症や胎盤の異常などお母さんのリスクが高かったりすれば、たちまち緊張が走ります。小児科医も立ち会いますが、生れた後の子どもの状態が悪くて管理が難しければNICUのある病院に転送が必要になります。宮城県も慢性的にNICUのベッドが不足していて、転院先は容易に見つかりません。見つかっても遠隔地になることはしばしばです。何であろうと、その場に立ち会った医療人は、使命感から全力を尽くすということを理解していただけるでしょうか。にも関わらず、その見返りが「費用の未払い」や「理不尽なクレーム」であることが私たちを疲弊させるのです。
赤ちゃんの健康を願えば
出産は人生の一大事だと思ってきました。生れる時まで自分の体調を整え、赤ちゃんの健康を願って、暮すものだと思ってきました。妊婦健診を受けない理由は大きく二つでしょう。未入籍で、家族にも妊娠を知らせていない場合と健診の費用を用意できない場合です。後者は経産婦さんが多いのです。生活が苦しければ、1回約五千円の健診代は確かに高いでしょう。でも、以前は何も無かったから、今回も大丈夫だという根拠の無い自信には戸惑います。「飛び込み」は増加していると報道されていました。お産が死と隣り合わせだったのはそんなに昔のことではありません。楽天的過ぎます。貧しさから言えば、私が生れた時代も同じくらいだったかも知れません。でもお産は特別のこととして、費用は用意するのが当然でした。お金を使う順番も変化したのかと最近感じています。
