★子育て★連載コラム

第66回 ヒポクラテスへの娘たちへ

                                                坂総合病院 渡辺 瑞香子

 

 女子医学生に向けられる眼

 大学に入学すると新入生歓迎行事なるものがあります。その中に当時の法医学教授の講演もありました。一酸化炭素中毒による死亡事例のスライドというきつい洗礼とともに次の言葉を頂きました。「ここにいる女子学生の皆は、優秀な男子学生を蹴落として入学してきた。簡単に医者を辞めてはいけない。君たちを一人育てるのに多額の税金が使われているのだから。」と。甘い気持ちで医師を目指したつもりは無かったけれど、改めて女子医学生に向けられる厳しい視線を知り、襟を正しました。今はどうかわかりませんが、当時の女子医学生は、結婚や育児は我が事とは思わずに暮らしていました。私の大学では女子医学生は1割にも満たず、世間からもまだ特異な存在と見られていた時代です。同期9名のその後ですが、3名は独身のまま仕事に専念しており、6名は結婚。風の便りに主婦をしているらしい、と聞いた1名を除き、育児もしながら医師を続けています。


 女性医師

 ここ数年、医師国家試験の合格者の3割を女性が占めるようになりました。職業の選択にも性差が薄れたということなのでしょう。今は、先の教授の言葉は受け入れられないかもしれません。でも、職業の選択肢の一つ、優秀であることの証し、という気持ちだけでこの世界に入ったら、大抵挫折します。医師の仕事は女性に向いていないわけではありません。けれども、労働環境やシステムは女性―結婚・出産することを想定して作られてはいません。科によっては、戦力として計算できない女性に露骨に嫌な顔をされます。私の勤務する病院は女性医師が増えており、偏見を感じることは少なくなりましたが、自分の研修医時代は、何か拙いことがあれば、個人の問題ではなく、女性であることが理由にされることもありました。男性医師より仕事ができないと、対等とは認められないと肩肘はって生きていました。今でも患者さんに「看護婦さん」と呼ばれる事がありますよ。


 女性医師と子育て

 結婚しただけでは、離職することはまれでしょう。しかし伴侶の転勤や留学などで、仕事を続けられなくなることはあり得ることです。子どもが生まれれば、預け先で悩みます。保育所だけでは夜間や休日の対応ができません。幼いうちはよく病気もします。独身時代とあまり変わらぬ生活を続けるとすれば、実家などのサポートを受けなければ難しいでしょう。勉強時間の確保・学会への参加もおおごとです。それでもやはり、結婚・出産を経た女医が現場から離れてしまうことは税金の問題ばかりでなく、医療の世界にとっては大きな損失でしょう。その経験はいかようにも生きるのですから。


 女性医師の一生

 医師不足が問題になっているおり、離職した女性医師を活用する道を模索しているようです。それほど簡単なことではありませんが。仕事に戻るための環境整備、技術・知識の研修ばかりでなく、一度冷めてしまった厳しい世界に向かう気持ちを再び燃え立たせなければならないからです。道は険しいことでしょう。若い女性医師が辞めなくても済むようなシステムの整備を急がなければなりません。女医の一生はしなやかに強く、したたかに。結婚・出産は甘い自分の隠れみのではないことも肝に銘じていてください。