★子育て★連載コラム

第64回 学ぶということ

                                                坂総合病院 渡辺 瑞香子

 

 ハリケーン

 アメリカに、かつて「ハリケーン」と呼ばれた黒人のプロボクサーがいました。白人優位の時代に、世界チャンピオンにまでなった彼ですが、冤罪により、殺人罪で終身刑の判決を受け、投獄されました。ある貧しい黒人の少年と、彼に教育の機会を与えたカナダのボランティアグループの協力のおかげで、20年後にようやく無罪を勝ち取って、名誉回復をすることができました。有名な事件なのですが、神の思し召しとでも言うべき偶然が重なって、生まれた奇跡に思えます。読み書きができるようになった少年レズラが、初めて自分で買った本は、古本市で見つけた「第16ラウンド」−ハリケーンことルービン・カーターが書いた手記でした。レズラとルービンの交流が始まり、錆びついた時計が再び動き始めます。このいきさつは、デンゼル・ワシントン主演により、映画になっています。


 何のために

 話は変わります。何のために勉強をするのか。中高生にもなると、誰しもその疑問を持つのかも知れません。「微分・積分が何の役に立つのか。日本で暮らすのに、なぜ英語が必要なのか。」その知識をそのまま生かす人は、一部の人たちでしょう。要するに、次のステップに進むための手段です。立身出世のためとは言わないまでも、わが子は負け組にしたくないというのが親の本音です。子どもたちには、しばしば反撃を受けますが。「自分らしく」「個性を大事にして」生きるとは、しかし、壮絶な戦いであるような気がします。十代の人が、今そのように生きているとしても、親の経済力や保護があればこそで、まがい物にすぎません。学歴は保証にはなりませんが、無ければ、食べていくのも大変です。誰でもできる仕事は、誰でも代われ、収入は低く、労働条件も悪いのです。工業生産の場がほとんど海外に出てしまった今、若い人が働く場所は限られてしまいました。「ワーキング・プア」とはもっとわかりやすい言葉で言えば「奴隷」ということでしょう。


 学ぶとは

 本来学ぶことは楽しいことです。問題が解けた時にワクワクしたことはありませんか?勉強は、わかるからこそ楽しいのです。新しいことを覚えると自分の世界が広がって行きます。世の中のことを良く知り、だまされたりしない。たとえば、契約書を読んで内容が理解でき、書類を正しく書けることも生きていく上で大切なことです。前述のルービンは、11歳の時に友達を助けようとして少年院に収容され(8年も)、教育の機会は限られていました。刑務所の中にいて、独学で磨かれたのでしょうか。手記を書き、言葉により戦うすべを身につけました。支援者により、法廷に立つ機会を与えられましたが、連邦判事の心を動かして、再審への道を切り開いたのは、彼自身の教養にあふれた誠実な言葉であったと見ました。そして、最大の理解者はレズラである必然があり、彼の手記に読めるようになるまでの時間が必要だったのです。後にルービンは冤罪に苦しむ人を支える活動に携わり、レズラは弁護士になりました。学ぶとは可能性の扉を開くということだと思います。