★子育て★連載コラム

第61回 医者の家

                                                坂総合病院 渡辺 瑞香子

 

 医者になりたい・医者にしたい

 医者になることが、幸せなのかどうか?夫婦して勤務医をしているためか、かえって確信が持てません。奈良県の高校生が自宅に放火して、継母と弟・妹が亡くなった事件がありました。父親が、「医者にしたいとの自分の思いを押しつけて…」と話しているらしく、気になりました。我が家の長男は2年前に突然医学部を目指すことに決め、まだ浪人の身でいます。他の職業のイメージがわかないとの言葉にうろたえてしまいました。子どもたちに医者になることは求めたことはありません、まして文系の頭脳構造をしている長男です。本人の気持ちを尊重して、応援することにしましたが、合格するまで何年でも付き合うつもりはありません。今年限りと約束をしています。


 暴力と支配の意味

 親の気持ちも様々ですが、奈良のケースのように、勉強部屋にICUと名づけ、つきっきりで勉強の指導をし、成績がよくないと殴る・蹴るとは信じられません。暴力で成績が上がるはずが無いではありませんか。大事な家族を亡くし、放火犯人が長男であるという二重の責め苦を負ったお父さんには申し訳ありませんが、それも虐待と呼ぶのです。圧倒的な力の差で、恐怖と暴力によって、人格をコントロールし続けることが意味するものを支配する側はわからないのでしょうね。少年の実母と離婚に至った原因も家庭内暴力や女性関係であったと伝え聞きます。家庭人としてはどうなのでしょう。


 勤務医の家庭

 医者の子どもは医者になるべき?小さい頃から、イメージをうえつけられて育つようです。開業医であれば、家業を継ぐという考え方もありましょう。勤務医の場合、職業の選択肢の一つでしかありません。社会的地位も高く、収入も多い職業という印象でしょうが、責任の重さと長時間労働の見返り?としか思えないのです。休日でも夜間でも、病院からの連絡はあるし、急に出勤することもあります。あわただしい毎日です。家族がいても、旅行は近場で短期間。子どもとの約束はしばしば守られず、病気でも親がそばにいることはめったにない日々を送らせてきました。その生活は真似したいと思えるものなのでしょうか。近頃は世間の人の尊敬も受けているとは思えず、日々のささやかなことに喜びを見つけられない人には耐えられないでしょうね。


 本物の父子への再生

 話は奈良の事件に戻ります。報道される少年の言葉はさておき、私には彼が継母やきょうだいに明確な殺意をいだいていたとは思えません。「最大の敵である父」とはまだ対決する勇気も力も持たない彼は、「恐怖の館」である家を焼き払いたかっただけなのでしょう。他の家族が火の中から逃げ出せぬ可能性に思いいたらなかったのは彼の未熟さ。理由はどうあれ、罪は償わなければなりません。皮肉なことに彼を待つ家族は最も憎み恐れる父だけになりました。最大の罰かもしれません。父親にも同じことが言えます。彼が鬼にしてしまった息子とのしょく罪の日々が、施設から出た後に待っているのですから。どれほど苦しくても本物の父子としての再生への道を歩んでくれることを祈っていますが。