★子育て★連載コラム

第59回 名前は呪(しゅ) 2

                                                坂総合病院 渡辺 瑞香子

 

 名前の付け方にも時代の流れが


  「とりかえしのつかないことの第一歩 名づければその名になるおまえ」  俵 万智


 この歌を見つけた時に何だかゾクリとしてしまいました。子を持つ身であればいつかその怖さに気づくことになるのでしょうか。名前にまつわる話は以前にも書きましたが、小児科医を長年続けて、名前の付け方にも時代の流れを感じています。漢字の意味より音を重視する名前、男女差を超えたような名前、欧米人の音の響きを取り入れた名前などなど。それでも使う漢字の意味はよいイメージを感じさせるものを選択してきたと思うのですが、最近あえてマイナスイメージの字を取り入れている例にも出くわしました。オンリー・ワン志向ではないの?という意見がもっぱらですがどうなのでしょう?


 私の名前

 さて、私の名前です。同じ字で「みかこ」と読ませる女性は日本に何人いるのでしょう。その上妹の名は珠敏(たまみ)と言います。父親として娘に強い思い入れがあったと解釈することもできますが、現実の社会の中では決して満たされることの無かった父の乾きのようなものを感じてしまいます。子どもの頃は画数の多い「瑞」の字を持て余し、自分の名前をバランスよく書けないのが嫌でした。小・中・高を通じて始めから正確に名前を読んでくださった先生は二人だけでした。思春期にもなるとその字の持つ意味の重さに憂うつになり、ありふれた名前に変えたいと思いました。


 一枚の写真

 中学生の頃、一枚の写真が家に持ち込まれました。若くして亡くなった祖母の写真でした。話は度々聞かされていましたが、写真を見るのは初めてでした。とても不思議な感じがしました。自分を見ているかと思うほど似ていたからです。農家の一人娘に生まれたばかりに好きな勉学への道をあきらめ、幼い子ども達を残して逝かねばならなかった祖母の無念さをも背負ったような気がしたのです。一枚だけ残っていた写真を父は実家から探し出してきたのだそうです。きょうだいの中で一人、実母の記憶が残っていないゆえに、強く深い思いがあったのでしょう。父の理想の女性像ではなかったのかと今にして思います。


 職場での呼び名

 二十年ほど前から職場での私の呼び名は「瑞香子先生」です。職場結婚だったからでしょう。「渡辺先生」と呼ばれたことは数えるほどしかありません。若い頃から馴染みの職員ばかりでなく、わが子に近い年齢の研修医や看護師からも、患者さんからも「みかこせんせい」と呼ばれるのは気恥ずかしいものがあります。今や、その呼び方自体固有名詞になった感があり、変えようが無いのかも。音の持つ響きは優しく柔らかく、その様な生き方をしないといけない様な気分になります。私の実態とあっているのかわかりませんが。