★子育て★連載コラム

第49回 不思議な時計
坂総合病院 渡辺 瑞香子
「今、何時?」
リュウ君の口癖は「今、何時?」。「○時だよ。」と答えても、何度も「今、何時?」と聞いてきます。みんなで困って、頭をひねっていたら、そのうち気づきました。彼が知りたかったのは、「あとどれくらいで状況が変わるのか。」ということだったのです。大抵は、彼の苦手な場面でのことでした。例えば点滴であったり、入院であったり。とても元気で知的レベルも低くない子ですが、発達に偏りがあって、言葉の使い方が、私たちとは少し違うのです。同じ言葉を「帰りたくない。」「行きたくない。」の意味で使う子もいます。彼らにとって時計の文字盤を読むことは難しくないでしょうが、『時』の理解となると話は別です。例えば3時はおやつの時間と名づけたら、他の意味では混乱するのです。
大人の「時計」と子どもの「時計」
そんな風に、自分とは違う『時』の感覚に戸惑いつつも、日々の診療の中で楽しんでいます。そして、幼い子どもはどの子も大人は違う「時計」を持っているようです。ありんこが進む後を追いかけ、電車の往復を眺め、水たまりをはね上げ、私の「ハヤク、イソイデ!」の声を無視して通った子どもたちとの保育園の行き帰り。空の明るさと自分のお腹のすき具合を頼りに、虫とりやら土手登りやら。そんな時代が私にもあったことを懐かしく思い出します。あくせくする毎日から、しばし開放されるような気持ちです。
JR西日本が落ちた罠
さて、JR史上最も悲惨な列車事故が先日起こってしまいました。事故がいつ起きてもおかしくない状況であったことが、連日の報道で明らかになりました。運転士が秒刻みの運行スケジュールを強制させられているのも非人間的ですが、駅での乗客の乗り降りに15秒しか計算していない駅があることにも恐ろしさを感じました。乗客の人生や家族を思い浮かべることができないから、そういうダイヤを組めるのでしょう。実行不可能な課題を与えて、恐怖で縛るとは。稼ぐことが唯一の目的になった時、JR西日本は悪魔の罠に落ちたのだと言えます。あれ程多くの方の命の犠牲の上にようやく気づくとは…遅すぎました。
余裕をもって
私自身、毎日の通勤は片道1時間ほどかかり、電車のわずかの遅れのために、乗り継ぎがうまくいかずに遅刻することがあります。イライラはしますが、結局その程度の余裕を持って行動しない自分が悪いのです。便利になればなるほど、何事も可能であるような錯覚に陥りやすいのではないでしょうか。いつか時間の奴隷になって、機械に支配されてしまいそうです。社会のあり方も変わってしまい、戻るのはかなわぬことですが、自分の手のひらに収まる時間の中で暮らすのが、もしかすると人間らしいのかも知れません。病院で子どもたちに接しているとホッとします。
