そんな時代に、私のような女医はかなりめずらしいのではないかと思います。
もっとも子どもが好きだから、3人生んだわけではなく、「子育て」に格闘しているうちに子どもが好きになったような気がしています。
子どもたちは心の支えであったし、この経験は臨床家としてプラスになったとは言うものの、論文を読んだり、研究会に参加したり、医師として勉強することが思うにまかせず、イライラすることが多かったのも事実です。
学会でも、最近は託児室が設けられるようになり、一歩前進。
私が若かったころは幼児を連れての学会参加は考えられないことでした。
育児休職制度も今は権利としてはありますが、専門職で代わりを臨時で見つけられないため、実際に取れる人は少ないでしょう。
子育ては努力に結果がついてこないもの。仕事をしてきた女性が子どもを産むと特に悩みは強いようです。仕事モードから子育てモードへの切り替えは思うようにはいきません。
3人目が生まれて、手が2本しかないことの心細さを実感した時、ようやく肩の力が抜けました。
子どもたちとの時間は後で取り戻すことはできないのです。
今となっては、仕方なく遊んでくれるのは子どもたちの方ですが、小さい頃は誰かが必ずくっついていました。
あわただしい毎日の共有する思い出は絵本の数々。
一番のお気に入りはモーリス・センダックの「かいじゅうたちのいるところ」。
絵がすばらしく、文章が書かれていない「かいじゅうおどり」のページはそれこそ一緒に「怪獣」になってみるのが楽しい作品です。
病院にいると「少子化」が数の問題だけでは終わらないと感じます。
最近、出産するお母さんの年齢が二極化しています。
二十歳そこそこの人と、三十歳を過ぎて初産の人と。
「出産適齢期」の二十代半ばから後半のお母さんがとても少ないのです。
出産数がピーク時の6〜7割に減っているのに、分娩時の問題や状態の悪い子が相対的に多く、気になります。
若い人(特に十代)の場合は家庭の基盤が整っていないことがまれではなく、先が不安です。
客観的に「子育てにいい」年齢は、やりたいことがたくさんある時期です。
育児が「母親の仕事」と割り切られてしまう社会では「子どもを産むと損する」気持ちになるのも無理は
ありません。
子育てのエネルギーは子どもの笑顔。その境地に達するまでが大変なのです。