「17年ほど前、小児科の中でも何を選択するのか、悩んでいた時期がありました。
今の勤務先で必要とする分野として、小児神経の道を選んだわけですが、実はかなり戸惑っていました。
医学部の学生には、臨床修練といっていろいろな科で実際に患者さんを診る機会があります。
グループ単位でローテートするのですが、私は脳神経内科も脳神経外科も回らない通称「脳なしグループ」と呼ばれる班に入っていました。
そのため、脳神経の分野は「食わず嫌い」と言うか、苦手意識があったからです。
何もわからぬまま入った世界ですが、不思議なことに、強い動機付けを与えてくださる患者さんに出会い、ここまできました。
その時に、医師としての基本理念ができたと思っています。
ある患者さんと家族にお会いした時、障害があるということに対する価値観が私の中で変わりました。
その患者さんは、先天性の疾患であり、重度の心身障害児でした。
ご両親は上のお子さんをおそらく同じ病気で亡くしておられ、そのお子さんを大変慈しんで育てておられました。
縁あって長いお付き合いになり、13歳の短い生涯を閉じる時も、臨終に立ち合わせていただきました。
最後の入院の直前にも学校の運動会に参加し、買い物にも出かけ、十分に楽しんでいたのだと思います。
病室には、たくさんの方がお見舞いに訪れ、ご両親の人柄がしのばれました。
そして、幸せの形は一つだけではないと教えられました。
「五体不満足」の著者、乙武さんは「障害があることは不便だが不幸ではない。」ということを言っています。
その彼を支えてくれたのは家族、特に、障害を持って生まれた我が子に心から「かわいい」と言ってくれたお母さんだったのではないでしょうか。
私は障害児を抱えてつらい思いで受診されるすべての患者さんの家族に「心からの笑顔」を見たいと思って今の仕事を続けています。
未熟者ゆえ失敗ばかりですが…。
現実の社会は生きにくい、けれども親が子を思う深い愛情は、周りの人の心も溶かすものだと信じています。
「世界に一つだけの花」は私の生涯のテーマソングになりそうです。