鑑定結果が出るまでの間、様々な特集記事が雑誌や新聞をにぎわしていました。両親の不和の問題や母親の孤立した価値観についての記事を見かけました。
生来の障害と生育環境のどちらがどれだけの影響を与えたのか、それは分かりません。
しかし、子どもがいながら孤立へ向かうということは尋常では無いと思います。
人付き合いは大の苦手の私ですが、子どもの存在が新しい「人とのつながり」を自然に生んでくれました(子ども会やPTA活動などとして)。
そこからあえて逃避する時、家庭の問題のこともありますが、「難しい」子どもを抱えている可能性もあり得るのです。
子育てをする時、親の励みは何でしょう。
おそらくは子どもの笑顔であり、働きかけに返ってくる様々な反応でしょう。
歩くようになって、「ママ」や「パパ」と呼びかけてくる1つ1つが喜びなわけです。
それなのに、泣いてばかりいて、寝ないし、食べないわが子であったならば、誰だって子育てに行き詰ることでしょう。
そのような「難しい」子どもの中に後で発達障害であることがはっきりする子がいるのです。
完全な親などいないわけですから、わが子とのかかわりの中で時々まずい対応をすることはあります。
それでもたいていの子どもはしなやかに受け止めて、育っていきます。
けれども、障害を持つ子は、そのままダメージとなることが多いのです。
今回のケースは「最初のボタンを掛け違えた」まま、過ごしてしまったのだと思います。
親として、何とか生きていく力をつけさせようと、成績にこだわったのでしょう。
最も大切な心のつながりを置き去りにして。
地域の健診などで、気がかりな子をチェックするのは、レッテルを貼るためではありません。
障害のある子にはその特性を知って接する必要があります。
落ち込む親のサポートも不可欠です。現実の世界は何も制限がないようでいて、見えないルールがあります。
広汎性発達障害のように生来の社会性の障害が中核である場合はつつがなく暮らしていくための「アイテム」が必要です。
早期から関わった方が結果は良いようです。
本来持っている力を傷つけずに引き出すことが大切なのです。