豊かな日本の飢餓


      長町病院小児科 渡辺 瑞香子


 飢餓状態が心を貧しくする

 昨年11月4日の毎日新聞に衝撃的な記事が載りました。愛知県のある少年院の調査です。「入所してくる時、少年たちはほぼ半数以上標準体重を下回っている。なかには、飢餓寸前の子さえいる。しかしきちんと食事をすると、数ヶ月で体重が回復して10キロ以上も増え、標準体重に戻る。非行少年の多くは、中学生のころから家族と一緒に食事をしなくなり、6割弱は朝食を食べない(その半数は小学生の時から)。」メニューに工夫を凝らしているとは言え、少年院の麦飯給食を「おいしい」と喜んで食べる少年たちに、職員の方たちは複雑な思いを抱くそうです。飢餓状態は人の心を貧しくし、ささいなことでも怒りやすくなってしまいます。予想していたことではありましたが、きちんとデータの裏づけを取った報告は初めて見ました。


 「孤食」にならない工夫を

 十数年前から、子供たちの「個食(または孤食)」が問題になっています。3年前の夏、NHK で再びこの問題を取り上げていました。子供たちの絵を通して、食卓の風景が見えてきます。以前に比べて食事の質も低下し、十分な栄養の取れないものが目立ってきました。なかには、お菓子や果物、清涼飲料水などで済ませているケースもあります。家族がバラバラに食事を取る理由はさまざまでしょうが、大人の影があまりに薄いことが気がかりです。我が家でも、食事がバラバラになることはしばしばあります。それでも、遅れて食べる人が、一人ぽつねんとしていることはありません。誰かがご飯や味噌汁をよそってあげたり、話しかけたりしているわけです。


 子供たちを取り巻く問題に見え隠れする「食」

 以前にも書きましたが、「食」は心も育てるものです。料理の下手な私にも、「今日のご飯何?」と子供たちは話しかけてきます。もしも子供が日常的に家で食事をしなくなるとすれば、その家庭は壊れかけているはずです。常に朝食を食べない場合、子供だけで食べている場合には、何かの事情で親に食事を作ってもらえない例があるようです。ファーストフードやコンビニの弁当類やインスタント食品がよく利用される時は、単なる料理嫌いを意味してはいないでしょう。新聞記事を読みながら、何人かの子供たちのことを思い浮かべていました。様々な体調不良、不登校、荒れなどの背景に食事の問題が見えかくれしていることがあるのです。


 家庭の縮図である食卓の風景

 最近はおせち料理の意義も薄れてきましたが、食材にいろいろな意味づけをして楽しむ(まめで達者で―黒豆とか)日本人は食べることを愛してきた国民だと思います。食事にも事欠くほど貧しい家庭はそう多くはないでしょう。にもかかわらず、心寒くなるような現実はなぜなのでしょう。食卓の風景は家庭の縮図です。新年にふさわしい話題ではないとも思いましたが、心に留めておいていただければ幸いです。