「青葉城恋唄」は長町でつくられた 

赤ちゃんを抱っこ 
(佐藤征子) きょうはお忙しいところ時間を割いていただきましてありがとうございます。宗幸さんが長町に住んでいらしたということで、ぜひお話を伺いたいと思っておじゃまいたしました。
(さとう宗幸) あーハイネス長町ね、住んでました、住んでました。懐かしいですねー。
町内会費など集めに参りますと宗幸さんが赤ちゃんを抱っこして「今家内が買い物に行
ってまして…」などとおっしゃって、すごく印象に残っています。
あらあら、そうですか、そんなこともありましたか。
階段登って野草園 
長町には何年くらい住んでいらしたのでしょうか。
結婚して、あれは25歳のときですから、それから10年はいましたね。
よく歩いた宮沢橋 
青葉城恋唄は長町でつくられたということですが..。
そうなんです。高橋染工場の丸一アパートでできた曲なんですよ。
その頃NHKのディスクジョッキーをやっていて、FMラジオで寄せられた詩に曲をつけ
たんです。曲を作るのは夜にまわりが静かになってからでないとダメなので、家族が寝静
まってから、深夜に。まさにあの曲は長町でできた歌なんです。
長町のどの辺でイメージを膨らまされたんでしょうか。
広瀬川でよく歩いたのは宮沢橋のあたりです。曲の一番のイメージは門前のところから
大年寺への、あのイメージですね。
あれが長町小学校 
いろんな意味で長町は思い出深い街といってよいのでしょうか。
ですからね、新幹線で東京から戻るとき、電車が長町に入って、窓から私が住んでいたハイネス長町の屋上の給水塔が見えるんですよ。だからだいたいの見当をつけてその場所を探すんです。あれが長町小学校だから、その近くの、ああ、あれがハイネスだと。10年経とうが何年経とうが、僕はあの給水塔を見ると懐かしくてね…。
銭湯があった一角 
たむら商店かしら。今は衣料品店ですね。
その隣が幼稚園でしょ、長町幼稚園ね。その隣がお肉屋さん、なんと言いましたっけ。
えーっと、八谷さん
そ、そ、その八谷さん、昔あそこにアパートがあったんですよ、奥にひょろ長いアパー
ト。学生の頃そのアパートにも住んでたんです。あの辺を歩くとね、学生時代の仲間もそ
うなんですが、昔のにおいがそのまま返ってきそうな気がしますね。近くに銭湯があった
んですよ。まだありますか。
あります、鶴の湯ですね。
そうそう。今でもあるの。門前からいくと長町小学校があってたむら商店を左に曲がっ
て、あの一角は僕にとって青春のにおいがするようでねえ、好きなんですよ。八谷荘から
電車通りに抜けて、お茶屋さんがあって、そこではたばこも売っていたんですよ。必ずそ
こでたばこを買って大学へ通いました。懐かしいですねー。
きょうは、宗幸さんの長町への思いを聞くことができて本当にうれしくなりました。あ
りがとうございました。宗さん 一押しポイント
絵:佐藤征子
インタビューを終えて
愛情にじむ話し方